高城剛の本はなんだかんだ色々と読んでいる。最近はメールマガジンも読みはじめて”高城剛ワールド”にかなりハマっている。
高城 剛と考える 21世紀、10の転換点 | ||||
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この本はあえて電子書籍では出さずに紙の書籍としてだしたということだが、高城剛のことをあまり知らない初心者(?)さんには入門書(?)として良書。タイトル通り、10個の観点から高城剛が考える21世紀世界がどう変わっていくかをわかりやすくまとめている。10個の観点(=目次)は、以下の通り。
1. 仕事
2. お金
3. 健康
4. 食
5. 住居
6. 言語と国際感覚
7. 移動
8. 情報・通信
9. 娯楽
10. 国・都市
イスラエルに行ってから何となく海外志向が強くなっているし、たくさんの国へ行きたいという衝動に駆られることが多くなった。考え方自体は以前通りだが、実際にアクションにしていくことは最近になってやっと体(とお金)が追いついてきたというところか。世界がそう変わっているのだから僕もそういう志向に乗り遅れないようにしないとという焦りも若干ある。焦ってもしょうがないけど。
仕事への観点、ハイアマチュア
『フラット化する世界』(※)などでもずっと述べられているように世界は個人化(パーソナライズ)する傾向にある。コンピュータが個人のものになり、インターネットを通じて情報をやりとりし、様々なことが可能になった。最近ではまだ一般消費者向けには実用化は未熟であるが、3Dプリンタなども個人化をさらに後押しすることになる。
こういう傾向は外的要因として理解しているのだけど、自分は未だ会社員であることから抜け出せず、自ら変化を作ることができていない。こういう風に感じている人はそれなりにいると思う。高城剛はぶっ飛び過ぎかもしれないが、”2つ以上の仕事に取り組むというほかない”と言う。
(※高城剛はリキッド化がすすむと言っている)
正直僕は、これからの時代にプロフェッショナルという肩書きは、仕事を維持するお守りにはならないと感じている。むしろ、「自分はプロだ」と信じるあまり時代の変化を直視できず、その職にこだわるようだと、いつか突然仕事を失ってしまうこともあるだろう。この意味でも仕事は1つを極めるのではなく、1つより2つと増やし、常に次へ次へと渡り歩くべきだと思う。逆にいえば、誰でもハイアマチュアになれ、自由な表現ができる時代が到来したのだ。かつて、マイクロソフトの最高技術責任者(CTO)であったネイサン・アボルドが料理の世界に転職したように。
ーp43
個人化が進むに連れて、単なるアマチュアの領域を超え、プロに近い<ハイアマチュア>がうまれている。ハイアマチュアが第二の仕事にもなり得る。こういうものを見つけるべしと僕には聞こえる。
移動距離とアイデアは比例する
また、<ノマド>という言葉や実際のアクションが最近取り上げられることが多かったが、高城剛のいうノマドは<スタバでMacで作業しながらドヤ顔すること>ではなく、<ハイパーノマド>でなければならない。
長いバカンスをとることが常識の欧州、特に南欧では、暑くて仕事にならないという理由から長期の休みを取る人が多い。暑さでいえば、いまの日本にもあてはまることである。相互監視が当たり前の日本では、自由に休みを取るのは実際難しいかもしれないが、移動することは個人を成長させることでもある。
何度も話しているように、移動距離とアイデアは絶対的に比例する。休みも取れない旧態依然の企業に囲われていては、個人の成長はままならず、【個人の時代】にはそぐわない存在になってしまうだろう。
ーpp127-128
移動距離とアイデアの話ではないが、明治維新の時代に活躍した坂本龍馬を思い出す。坂本龍馬も長崎(亀山社中)を拠点にし、様々な場所を駆けて回った。人生は短かったもののその功績は英雄視されている。(詳細は『竜馬がゆく』)
明治維新当時は移動手段も限られ、移動コストもかかったのだから現在で言うと海外を駆け回るくらいの体力とほぼ同じと考えると、この行動力とあらゆる視点に触れるということは、少なくともムダではないと思える。
坂本龍馬は、明治維新時代の<ハイパーノマド>だったのかもしれない。
雑感
上記で取り上げた以外にもいくつも参考になる部分があった。メルマガだとQ&Aコーナーで雑多に散りばめられたエッセンスを汲み取らないといけないが、こうやって本として体型だっていると、再度頭の中が整理される。タイトル通り、高城剛「と」考えることができた感じ。
とりあえずまあ、旅に出るかな。
カメラも新調しよーっと。
Canon PowerShot S120 | ||||
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